2007年7月23日月曜日

新たな疑念浮かぶ

 広報にっしんがP会派の市会議員に影響を受けているのではとの疑問が深まり、再度、情報公開を求めました。
○ 平成19年3月5日
  秘書広報課とP会派又はS市議とのつながりのある文書M課長のハンコの押してある文書。平成18年4月15日受付日もしくは起案日
○ 平成19年3月12日
1 平成18年4月12日付のM課長のハンコのあるP会派に関しての文書
2 平成18年4月13日付のM課長のハンコのあるP会派に関する文書
3 平成18年4月5日付のM課長のハンコのあるP会派に関しての文書
4 平成18年4月6日付のM課長のハンコのあるP会派に関しての文書
○ 平成19年3月22日
  平成18年4月1日からのP会派に関しての公文書情報公開請求に関しての文書不存在回答についての決裁書のコピー(広報関係)がわかるもの。平成19年3月22日までの間もの)
という内容で請求しました。しかし、いずれもP会派からの申し入れがわかるような文書は不存在との回答でした。
 4月5日、6日、12日、15日という具体的な日付を示したのは、その頃にP会派から何らかの申し入れがあったようだと、Xさん、Yさん、Zさんをはじめ、日進市役所の複数の職員から聞いたからです。複数の職員から文書の存在をうかがわせるような話がでているにも関わらず、文書不存在と回答されたことに益々疑問が深まりました。広報にっしんにP会派ひいきの団体の記事や、S市議の議会発言に沿った記事が掲載されるようになったのですから、何らかの働きがあったはずであり、文書が残っているはずです。秘書広報課長とP会派とのつながりが強いとすれば、秘書広報課長が文書を隠しているか、あるいは文書を公文書として登録していないのではと感じるようになりました。

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